Xマスパーティ!in帝国城
消夢さん作



その日、帝国城はいつにも増して重々しい空気に包み込まれていた。
城にいる人々は全員揃ってせわしなく動き
その顔は明らかに、困惑と焦りを生み出している。

‘一体どうしてこんなことに?’
顔と言うのは正直なもので、全員が一様に同じ表情を浮かべていた。
そんな重々しく、そしてどこか慌しい帝国城の玉座。
そこには、9人の人物が控えていた。
いつもの顔ぶれ。いつもの位置。
いつもと変わっているのは、ピリピリした空気と
帝国幹部達の顔――いずれも緊張している――だけだった。

「…皆さん、揃いましたね?」

現帝国皇帝、ベイオネットがどこか重々しく口を開く。

「緊急収集と聞いて、皆さんさぞや驚かれたでしょうね」

「……」

実際は驚いた、などという生易しい表現ではすまなかった。
今まで帝国内で緊急招集などが開かれたことは
一番の古株であるヴィルベルヴィントの記憶にもない。
それが唐突に――しかも、サーシャに人形のよう、とまで表現された
あの大人しいベイオネットが
幹部にとっても皇帝にとっても非常に忙しいはずのこの時期に発した
緊急収集の指令である、これで驚かないはずがない。
もっとも、ポーカーフェイスのシャルタや
元々何を考えているのかがまるで分からないデューンはこの例に漏れるが。

――ともあれ、帝国幹部達は、緊急収集の内容に思いを馳せながらも
発されてから1日もしないうちに全員が
この玉座の間へと集合したのだった。

「けれど、これには非常に重大な意味があります」

「陛下…その、意味とは?」

やはりいつもと変わらないながらも
どこか緊張した雰囲気を漂わせながら尋ねるシャルタに対して
皇帝――ベイオネットは緊張感など微塵も見せず
むしろ、どこか楽しそうに答えた。

「大切な儀式です」

「儀式…ですか?」

表情から何かを測るかのように、目を細めながら
鸚鵡返しに尋ねるシャルタ。
しかし、ベイオネットはやはりどこか楽しそうな表情のまま、

「ええ。この国に昔から伝わる儀式です。
 私が子供の頃に一度やりましたが…失敗に終わった儀式です」

「…あの儀式……ですかな…?」

デューンが、いつもは陰気な声色のこの男が
表情こそ不明だが、明らかに嬉々とした声でベイオネットに尋ねた。
ベイオネットはそれに笑みを返すと、はい、と答えた。

「そうか…いよいよか……長かった…千年……待った…」

感極まった様子で、デューンは玉座の前へ移動し、言葉を紡ぐ。
そのただならぬ様子に、帝国幹部達はただただ押し黙って
デューンの、この謎多き黒マントの男を凝視した。
それを知ってか知らずか、デューンの声が大きくなる。

「千年…ついに…始まる……そう…ついに……これで…これで…!」

「デューンさん、嬉しいのは分かりますが、まだ話の途中ですよ?」

やんわりとベイオネットが嗜めると
デューンは瞬時に元の状態に戻り、短く詫びの言葉を入れた。

「さて…デューンさんは分かったみたいですけど…
 他の皆さんの中には、まだ分からない方もいるでしょう」

次の言葉を予測し、全員の間に緊張が走る。

「ですから、この儀式の…とりあえずは
 名だけでも教えたいと思います」

ということは、ここにいる全員が、名だけは知っている儀式――
あるいは、名で内容を予測できる儀式のどちらかなのだろう。
そう判断した幹部達は一様に女帝の動作や物音一つすらも
見逃さず聞き逃さまいと、極限まで集中力を高め、彼女を見た。
ベイオネットはそれを嘲笑するかのような微笑を浮かべながら
ゆっくりと、焦らすように言った。

「儀式の名は……」

幹部全員の喉が、一様にごくり、と鳴る。
そして、ベイオネットは静かに、そして厳かに、その儀式の名を告げた。

「クリスマス、です」

「「…は?」」

デューンを含んだ幹部一同の、世にも間抜けな声が重なる。
その場にいる幹部は全員揃って完全に硬直し
その顔は明らかに、困惑と焦り…というよりは
愕然とした表情を生み出していた。
‘聞き違い…だよな?’
顔と言うのは正直なもので、全員が一様に同じ表情を浮かべている。
そんな中、ベイオネットは自分の声が聞き取りにくいと思ったのか
もう一度、今度は先程より大きく、しっかりとした声で言った。

「だから、クリスマス、ですよ」

「クリスマスデス…ですか?」

呆けたような表情で聞き返したのはサーシャ。
冗談で言ってるのか本気で言ってるのかは不明である。
ベイオネットはその質問に首を振って否定の意を示し、三度言った。

「クリスマス」

「…クリスマス……とは…?」

デューンが…いつもは冷静沈着で感情を表に出さないこの男が
明らかに困惑した声で、ベイオネットに尋ねた。
そのベイオネットは、意外そうな顔を浮かべると。

「まあ、デューンさん。知らなかったんですか?」

「…知りませんが……しかし…」

「でも、先程は知っている様子でしたけど…?」

そう言って、ベイオネットも困惑した表情を浮かべる。
デューンは、何がなにやらさっぱり分からないといった様子で
首を左右に振ってから、その疑問に答えた。

「…勘違い…だったようです……お話を…お続けください…」

そう言って、ハァ、と疲れたように小さく溜息をついた。

「クリスマスというのは、毎年この時期に行う儀式で
 その日は国を挙げて…それが無理なら、せめて城の中だけでも
 あちらこちらを華やかに飾って、パーティーを開くんです。
 …ああ、あれは綺麗だったわ……」

「…それで?」

うっとりとした様子のベイオネットをどこか冷めた様子で見ながら
バスティールが話を促した。
ベイオネットは慌てて元の、冷静な指導者の顔に戻ろうと努力した。
しかし、あの美しくも豪華な飾りや
帝国内では滅多に見れない明るい雰囲気や表情
そして巨大なクリスマスツリーと、窓から見える白い雪…。
それになにより――――。
多少、いやかなり誇張されてはいるが、幼少の記憶が鮮明に蘇り
どうしても表情が綻んでしまう。
仕方なく、そのままの顔で――クリスマスなんだから大丈夫!――
皆に、クリスマスの最も肝心な部分を告げた。

「そして、クリスマスの夜にはサンタさんがやってくるんです」

「…どなた、ですって?」

「サンタ」

「……」

ラティスが、信じられないと言う顔を隠せずに、聞き返した。
彼女には一応のクリスマスについての知識――やったことはないが――
があった。
そしてその中には当然、サンタなる人物の情報もあった。
確かにあった。が。

「陛下…サンタという人物が、何者なのかご存知ですか?」

「はい。ええ。それはもう。とっても良く知ってますよ」

「…サンタ……?」

デューンが、さして興味もなさそうに――
けれど、この不毛な話し合いを逸早く終えるべく、聞き返した。

「ああ、サンタというのはですね。
 夜中に寝ている子供の枕元におかれた靴下の中に
 プレゼント入りの箱を入れるお爺さんのことです」

側にいたペインの頭を嬉しそうに撫でながら(当のペインは無反応)
ベイオネットが答えた。

「…夜中に……?」

「はい、トナカイという動物が引くソリに乗って、煙突から」

「……帝国城の…警備は…万全です…。
 サンタとやらが…帝国城の…一番奥に……入るなど
 決して…ありえぬはずですが…」

いたって真面目な顔で、デューンが言う。
ベイオネットは真面目に話に付き合ってくれる
人間がいてくれることが嬉しかったのか、にこりと笑って答えた。

「サンタさんなら大丈夫です」

「…そう……なのですか……」

静かに、デューンは言った。
何やら感極まった様子のデューンを見て、ラティスを始め
帝国幹部達(サーシャ除く)は思わず頭を抱えた。

「…陛下、それで我々は何をすれば?」

今までずっと黙っていたヴィルベルヴィントが口を開く。
ベイオネットは、忘れる所でしたと付け加えてから言った。

「パーティーは、この帝国城全体でやるつもりではあるんですが
 私はどうも、大勢でわいわい騒ぐのが苦手で…。
 なので、帝国城でやるパーティーとは別に
 私達だけで小さなクリスマスパーティーを開こうと思うんです」

「…それで?」

「ええ、それで皆さんには、申し訳ないんですが
 パーティーの準備を進めていただきたいんです。
 私も手伝いたいんですが、まだ仕事が残っていますので」

にっこり笑顔で爆弾投下。
ぱーてぃー??
ナンですかそれ、ドコの儀式デスか?おいしいんデスか?

「あの…陛下……」

「はい?」

「パーティーの準備というと…
 料理やテーブルを運んだりすればよろしいんですよね?」

僅かな希望を込めて、シャルタが尋ねる。
が、

「ええ、それと飾りつけも」

一撃粉砕。百発百中。百戦錬磨。ついでに一騎当千。
戦闘のプロフェショナル達をここまで振り回すのは
帝国中を駆け回っても、彼女くらいしか見つからないだろう。

「…飾りつけ?」

「…この部屋の?」

「はい」

にっこり笑顔で波動砲。
かざりつけ??
ナンですかそれ、ドンな必殺技デスか?強いんデス(強制終了)

「…了解しました」

言いながら、丁重にお辞儀をするのは
幹部の中でも一番の古株、帝国空軍総帥ヴィルベルヴィント。
当然ながら、皆が皆何か言いたそうな顔を浮かべたが――
ベイオネットは喜びを顔…いや、全身で表現しており
ペインも母の喜びが感染したのか、どこか嬉しそうに見えた。
――それはもう、放って置けば二人でダンスを始めるぞと
  幹部全員に確信させるくらいに。
そんな相手に「クリスマスやんの嫌です」なんて言えるわけがない。
まして、相手はこの国の皇帝。もっと言えば自分達の主である。
その主から

「ヴィル、ありがとう!それじゃあ皆さんも頑張ってくださいね!」

などと満面の笑顔で言われては、流石の彼等も誰一人として
首を横に振ることはできなかった。





「…ヴィルベルヴィント!どういうつもりだ!!」

玉座から大分離れ、なおかつベイオネットが近くにいないかどうかを
念入りに確認してから、ようやくラティスが口を開いた。
ただし、小声で。
魔将だろうが何だろうが怖いものは怖いのである。

「そんなこと言われても…なぁ…」

誰に言ったつもりなのかは知らないが
幹部の大半は、ラティスと同じような顔をしていた。
つまり、ほぼ全員がクリスマスを行うのに反対なのである。
理由は簡単。即ち、仕事が忙しいから。
サランスレス進行計画の下準備や
復活したばかりのダークフォースを操る訓練などで
ただでさえ多忙なラティスは無論のこと
その他の面々も書類審査や、飛空艇の操作技術の訓練
血気盛んな魔道士達のお守り、反乱軍への対抗軍整備。
シャルタやデューンに至っては、『あの方』直々の指令などがある。
無論、それら全て――『あの方』云々は特に――が
クリスマスだからという理由で免除になるわけでもなく。

そんなわけで、社交辞令とはいえこの時期に行われる子供っぽい
しかも、運び方次第では避け得ることの出来るパーティーを
いとも簡単に『はいどうぞ』などと言ってのけた
ヴィルベルヴィントの行為は
それら全てを無視した愚行あることは明白である。

「なぁ、じゃないわよ。どういうつもりなの?」

いらつきを隠しもせずに、シャルタが今にも掴みかかりそうな勢いで
ヴィルベルヴィントに言い放った。
だが彼は、むしろ眉を顰めて、

「どういうつもりって…お嬢様がやりたい、と仰ってるんだ。
 どんな状況でもやるのが俺達の仕事だろう?」

「それは…そうだけど…」

「この時期なんだから、無理にする必要はないんじゃないかと
 言っているのだ!」

「大体、そのパーティーに何の意味があるというんだ?
 お前や陛下はサンタクロースが来なければ死んでしまうのか?
 明日の仕事に支障が出るのか!?」

口ごもるシャルタにかわって、バスティール、ラティスが続く。
が、ヴィルベルヴィントはうっとおしそうに手を振るってから
何気ない口調で言った。

「それじゃあお前等、俺が陛下にそう言ってきてやろうか?
 『ラティスとバスティールがパーティーに出たくないそうです』って」

「う゜…」

必殺の一撃を叩き込まれ、ラティス、バスティールが同時に沈黙する。
そして二人とも援護を求めるようにサーシャとデューンを見るが…。

「ねーねー、やっぱりクリスマスって言ったら
 クリスマスツリーだよね!デューン君、どっかに杉の木ってない?」

「空軍基地の近くに……多くの木が…群生している…」

「それじゃ、ちょっと行って来ようか。
 ね、デューン君、早く杉の木を探しに行こ!」

「…引き受けた……」

この二人は、完全に乗り気だった。
ああそうだよ、良く考えれば根っからの能天気馬鹿と
そもそも他人に援護などするはずも無い不審人物に何かを求めた事が
間違いだったよこのヤロウ。

「さーて、それじゃ俺はテーブルと料理を調達してくるかな?
 あ、お前等は飾り付けたのむぞ。
 飾りは城中で使ってると思うから、誰かに言ってわけてもらえ」

階段の下から、ヴィルベルヴィントの声が聞こえた。
ふと見ると、サーシャとデューンの姿もない。
周囲には、忙しそうにしながらもどこか楽しそうな雰囲気の人々。
その中にいるシャルタとラティスとバスティールはとにかく浮いていて
さしずめ究極の異端者といったところだろうか。
異邦人達は、何かに耐えるようにして暫くそこにじっとしていたが
やがて、諦めたように溜息をつくと――。
ちょうど飾り付けが行われている最中の、大広間へと移動した。





「…だが、飾りつけと言われても……」

「困る…わよね」

ラティスとシャルタが、誰に言うでもなく呟く。
あれからあちこちに頼んで(何故か少し引かれた)
飾りを分けてもらったまでは良かったのだが、その後が問題である。
相手は皇帝。自分達の主。
いくら苦手、いくら望まぬこととはいえ
しっかりとした飾り付けをし、楽しんでもらいたい。

だが、その「しっかりとした飾り付け」がどういうものなのか分からない。
シャルタが最後に飾りつけをやったのは1000年近く前のことだし
陽気で乗せやすい兄妹と違い、シャルタはそういうことにあまり
積極的ではなかったから、もうすっかり忘れてしまっている。
ラティスに至っては飾りつけなどするどころか
触れるのも今が初めてだというのだから、お話にならない。
そんなお話にならない二人とは少し離れた場所にいるバスティール。
彼もまた、苦悩していた。

「(どうやったら明るくなるというのだ…?)」

確かに、彼等が貰った飾りは綺麗で、華やかだ。
普通の家に飾るとしたら、どこに飾ってもその家の雰囲気を
普段の何倍にも明るくすることは間違いない。
赤作りのレンガの壁に彩られる蝋燭の灯火。
暖炉の火は穏やかに、それでいて暖かく、隅には杉の木が
決して誇張せず、それなのにしっかりと存在感を保っている。
そしてその杉の木を彩るいくつもの飾り。
その飾りは、家のあちらこちらで密やかに、舞う。
…そんな情景が容易に想像できるほど、その飾りは素晴らしかった。
素晴らしかった、が。
人もそうだが、物にも適材適所というものがある。
全体的に暗い雰囲気の帝国城の中でも、特に暗い雰囲気のこの玉座で
一体どこをどうすれば明るくなるというのか。
むしろ、下手にその部屋の雰囲気と対照的な飾りの存在は
不気味さを際立たせる可能性すらある。
バスティールも必死になって
『帝国城・玉座の間で明るく楽しいクリスマスパーティ!』
…の想像をしようとするのだが
灰色の陰気な机の上で踊り狂う蝋燭の灯火。
松明の火は激しく、舐めるように熱く燃え上がる。
隅にある杉の木はまるで左右に控える魔竜像を隠す障害物。
そしてその杉の木にできる限り目がいくように施された
美しく、雅やかな死神の装飾品。
その装飾品は、まるで死を呼び込むかのように
部屋のあちらこちらで密やかに、舞う。

「これでは…ただの邪教崇拝ではないかっ…!」

その想像を追い出すため、近くにあった龍の像に
頭をガンガンと勢いよくぶつけるバスティール。
ダメだダメだこれではダメだ。
せめてこの部屋の雰囲気をもっと明るくしないと…。

「バスティール、何か思いついた?」

「……いや…そちらは?」

「こちらも何も思いつかん。
 そもそも、何をすればいいのかが分からない」

「…それは奇遇だな、私もだ」

しばし沈黙。
このままでは埒が明かない…仕方がない。
バスティールは心の中で舌打ちをすると、二人に自分の考えを語った。
即ち、この玉座の間を明るくすれば後は何とかなる、と。

「…なるほど、明るく…か」

「…難しいわね」

と呟いた後、一瞬にして思考モードに入る三人。
『三人寄れば文殊の知恵』という言葉もあるが
この三人ならば、さしずめ『三人寄れば女神の知恵』といったところか。
――ただし、女神と一口に言っても闇と光の二種類がある。
彼等の性質や性格、思考回路などを踏まえて考えれば
その女神は限りなく前者のそれに近いのだが…。

「…あ」

二人が思考モードに突入してから数分後
シャルタが何か思いついたような表情を浮かべた。

「どうした?」

「今ちょっと思いついたんだけど…」

「聞かせてくれ」

心内では期待に胸膨らみながらも、表面上はあくまで冷静に尋ねる。

「明るくすればいいんだったら
 サーシャ配下の魔道士を呼んで、魔法で明かりを作るのは?」

「…却下だ」

胃が痛くなってきた。

「…どうして?」

「考えるまでもないだろうが…」

言うまでもなく、その魔道士達はパーティの間中
ずっとそこに立ちっぱなしである。
なおかつ、仮にも皇帝の御前であるから、居眠りは言うまでもなく
欠伸1つすら禁止される。
…そんな状況で、魔道士達が嬉しがる道理もないから
集合は希望ではなく強制になるのは十中八九間違いない。
となると、この部屋が明るくなるほどの量の明かりを作り出すのに
必要な魔道士(多数)全員の恨めしげな視線を浴びつつ
「楽しいパーティー」とやらを開くことになる。
真性のサディスト以外は決して楽しめないパーティーを
パーティーなどと呼ぶのかどうかは甚だ疑問ではあるが。

「そう…」

自信があったのか、目に見えてしゅんとするシャルタ
それを横目に、ラティスが挙手する。

「私もふと思いついたのだが」

「言え」

今度こそ大丈夫だろう。相手はあのラティスなのだから。
そんな期待というか、希望を胸に、バスティールは話を促した。

「天井を崩して光が差し込むようにすれば…!」

「本気で言ってるのかラティス」

「むう…やはり駄目か」

そもそもパーティーを行うのは夜である。
しかも外では雪が降り続いている。
下手したら降り積もる雪の中でパーティーという
なんというか、心も身体も冷え込みそうな集会になるかもしれない。
そんなのはまっぴらごめんである。

「…そうだ!」

「…何だ」

再び挙手をしたシャルタを、半ば諦め、半ば期待した目で見ながら
続きを促す。

「プラズマを撃ちまくって、あちこちを明るくすれば…」

「真面目にやれええええええええええええええっ!!」

「ならば、私の魔獣軍団を呼んで雰囲気だけでも……」

「お願いだ少し黙れ頼むから」

ひたすら痛くなった胃を押さえながら、バスティールはしゃがみこんだ。
と、ふと思いついたように、シャルタが呟く。

「……いっそ、完全に暗闇にするとか」

毒を持って毒を制すと言うやつか。
なるほど、いっそ何も見えなくなれば不気味とか暗いとか
そういう雰囲気も少しは薄れるかもしれない。
パーティーの意にそぐわなかったり
そもそも飾り付けになっていないような気もするが
これ以上話し合いなどしたくないから、もうこれでいいや。
などと半ばヤケクソ気味に自分の中で決定を下すバスティール。

「…どうだ、バスティール」

「異議なし」

無論異議はあるが、ラティスの百分の一ほどもない
忠誠心の持ち主であるバスティールにとって
こんなパーティーなど多少は失敗しても問題はない。
広間の飾り付け作業にしても、いざとなったら
他の二人に責任を負わせればいいわけだし。

「…何ブツブツ言ってるのかしら」

「……そっとしておいてやろう」

やがて、玉座の間飾り付けグループ(勝手に命名)は
その案を実行に移すべく、あちこちの明かりを消す準備を
着々と進めて行った。
そんな作業の中、バスティールは、ふと
『〜暗黒の部屋でXマスパーティ〜
 ゲストには怪しげな黒マントの男や無口な子供も登場!』
というフレーズを思い浮かべた。

「…っく!!」

そして彼はその妄想を打ち消すべく
先程よりも激しく、竜の像に頭を叩き付けた。

「…どうしたのかしら、バスティール」

「きっと、疲れているんだろうな…」

二人から同情の視線を受けたバスティールは、まだ頭を叩きつけていた。
――結局バスティールは、108回目にして
ようやく煩悩を追い出すことに成功したらしく
フラフラとした足取りで、二人と同じく作業に戻った。





「お〜い、そこのお前!」

「はい?」

いつも以上に忙しそうにしているコックの中で
見習いなのか既に終わったのかは知らないが
唯一暇そうにしているコックを見つけ、呼びかける。

「…ああ、少し待ってください」

用件を言おうとする前に、コックは入り口付近にいる
襟に金のチョーカーを巻いた男に呼びかけた。
――へえ、何か言う前に用件を察したのか、大したもんだな。
こういう部下が一人二人は自分の側近に欲しいところである。

「チーフ!ヴィルベルヴィント様がいらっしゃいました〜!」

「ああ、了解しました。…それじゃ、いつものやつを」

「かしこまりました〜!」

そう言って、調理場の奥へと消えて行き…すぐさま、戻ってきた。
その手にいくつかの…ボトルとしか思えない物体を抱えて。

「…ちょっと待て、それは何だ?」

「見ての通り、お酒ですが?
 …あ、もしかして違う銘柄が良かったですか?」

「…いや、それでけっこ……じゃねぇ!
 俺はお嬢様達の料理を頼まれたんだよ。酒は……遠慮しておく」

断腸の思いで、酒を断る。
が、コックは何かを思い出すような表情を浮かべると

「皆様、成人してらっしゃいますよね…?」

「ペイン様を除けばな…って、そんな事は問題じゃねぇ!」

「…ああ、そう言えば陛下は今までアルコールを
 御召しになったことが一度もありませんでしたね」

ようやく合点がいったのか、コックがキラキラとした表情で言う。
ヴィルベルヴィントは――何故かホッとしながら――頷いた。
コックはそれを見て、再びチーフと二言三言言葉を交わした後
調理場の奥へと消えて行き…すぐさま、戻ってきた。
その手に、これまたボトルとしか思えない物体を抱えて。

「…変わった料理……だよな?」

恐る恐るといった感じで尋ねるヴィルベルヴィントに
コックはニッコリと、

「何を言ってるんですか。これはお酒ですよ。お・さ・け」

「うがああああああああああ!!」

頭を激しく掻き毟る。
コックはそんなヴィルベルヴィントを、(生)温かい目で見守っていた。

「ヴィルベルヴィント様、大丈夫ですよ!」

「何がだああああああああ!!」

少し落ち着いた――実際は全然落ち着いてないが――時を見計らい
コックがヴィルベルヴィントを宥めた。

「このお酒は、アルコール度数はわずか16%。
 いつもヴィルベルヴィント様が飲んでいるのは80%。
 これならベイオネット様達でも大丈夫です!」

「あーなるほど、それなら…って、根本的に違ああああああああうっ!」

そもそもの理論が意味不明なのだが
ただでさえ混乱状態にあるヴィルベルヴィントに
異論を申し立てさせるのは、あまりにも酷というもの。

「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…」

「お疲れですか?」

お前のせいだよとも思ったが、これ以上やったらどつぼにはまるような
気がしてならない。

「いいか、よく聞け!俺が欲しいのは食べ物だ!
 た・べ・も・の!…言っておくが、つまみじゃねぇぞ」

「食べ物ですか?どうしてまた」

「幹部衆とお嬢様達だけのパーティーを開くって
 さっきから言ってるだろうが!!」

「言ってませんけど…」

言いながらも、今度こそ納得したのか
コックはチーフに呼びかけて、現在残っている食材を確認した。
聞くと、いくつかの海鮮類や肉類、結構な量の野菜も余っているらしい。
普通に作って10人分。ペインの存在を踏まえても量は全く問題ない。
それに、余りものとはいえ、クリスマスパーティーに使うために
わざわざ仕入れられた食材である。
そのどれもが頭に超高級がついても文句のない品度だった。

「ヴィルベルヴィント様。パーティーはいつ頃始まるんですか?」

「正確な時刻は分からないが…大体、夜頃だろうな。
 夕方じゃあまだ準備は終わらないだろうし…。
 まあ、夕方以降になるのは間違いない。
 パーティーの準備があらかた終わったら俺が呼ぶから
 その時に玉座まで運んでくれ」

ヴィルベルヴィントの、人によってはいい加減とも取れる説明を
しかしコックはしっかりと頭に刻み込みながら
軍隊式――と本人は思っている――敬礼をして、力強く言った。

「はい、かしこまりましたっ!」

「それじゃ、頼んだぞ」

その声と顔に安心したのか、これ以上ここにいたくないと思ったのか
ヴィルベルヴィントは深く考えずに調理場を後にした。
…後日談になるが、ヴィルベルヴィントはこの時の自分の迂闊さを
深く深く後悔することになる。

「…でも、料理ったって、何にしようかな…」

「そんなの決まってるじゃないですか」

チーフの呟きに、何を今更とでも言うような表情でコックが返した。
チーフはいささかムッとしながらも
やはり料理人して気になり、聞き返した。

「何にする気なんだ?」

「だってチーフ、考えても見てくださいよ。
 大量の、しかも種類も豊富な食材。
 陛下もご出席するクリスマスパーティ。
 しかもパーティーをやるのは夕方以降、つまりは夜!」

「…だから?」

「やだなぁチーフ、ここまで言ったら答えは1つですよ!」

そう言って、意味もなくチーフにその『料理』の名を耳打ちする。
それを聞いたチーフの表情は――何というか、驚きと感動に溢れていた。

「…な、なるほど……その手があったか…!」

「ね、いいアイディアだと思いません?」

「よし、それにしよう!是非それにしよう!
 しかし、これだけではインパクトが足りないな…」

そう言って、何やら考え込むチーフとコック。
忙しい調理場で、何やら凄いことを考えているであろう二人に
声をかける者が一人としていなかったのは
ヴィルベルヴィントにとって不運という他なかった。
そして、こんな二人が調理場にいること
――まして、その片方が調理場のチーフという厳然たる事実は
この帝国城に暮らす者全員にとって不幸という他なかった。





一方、杉の木捜索部隊(仮)の二人は――

「はぁ……生き返るねぇ、デューン君」

「……」

帝国城の一室内で、優雅にお茶会を楽しんでいやがった。
当然、周囲には忙しそうに立ち回る人々の姿があるのだが
傍若無人を絵に描いたような二人は全く気にしていない。
――周囲の人々は、思いっきり気にしているのだが。

「あんな所に10分もいたら、サーシャ風邪引いちゃうよ」

「…ファイヤーを…使えば…よかろう…」

暗に責めるでも説得するでもなく、淡々と思ったことを述べるデューン。

「ファイヤー使ったって、寒いもんは寒いもん」

「そうか…」

会話中断――

「『そうか』じゃねぇぇぇぇっ!!!」

――直後、背後から怒鳴り声が響く。
振り向くとそこには憤怒の表情を浮かべたヴィルベルヴィント。

「あ、ヴィルベルヴィント。外は寒いね〜」

「見りゃ分かるわ!っつーか寒いのは置いといて
 お前等なんでここにいるんだよ!!」

「だって」

デューンを見ながら言う。

「寒いんだもん」

「…まあ、何となく予測はついていたけどな……」

今朝からのハプニングの連続で
最早怒る気力もなくなった帝国幹部ヴィルベルヴィント。
哀れ彼に光が差すのはいつの日か。

「外見てよ、外!雪降ってるんだよ!雪!!」

「うるせーよ見りゃ分かるよ怒鳴りすぎて声いてーよ帰りてーよ」

「…ヴィルベルヴィント……大丈夫か…?」

いかにも不健康の極みにありそうなデューンに尋ねられても
ヴィルベルヴィントの腐れた不良のような精神状態は変わらない。
サーシャは眉を顰め、デューンも少しの間じっと見ていたが
どうしようもないと判断したのか彼から目を逸らした。
無論、他の者達はそんなヴィルベルヴィントに絡まれないようにと
誰一人として彼を中心とした半径3km内に入ろうとはしなかった。
極限の精神状態に追い討ちをかけるような行為ではあるが――
誰だって我が身は可愛いのである。

「大丈夫じゃない?いつものことだし」

「…まあ…たしかに…いつものことではあるが…」

部屋の入り口付近で何やらブツブツと呟いている
ヴィルベルヴィントに目を向けて、言う。

「今回は…特に酷い…」

「…確かに」

その原因は主にサーシャにあるのだが
そんなことを一々気にしているようでは、魔導王などやってはいない。
持ち前の能天気さと大らかさ――悪く言えば大雑把さと
ご都合主義的思考――がなければ、魔導王は務まるはずがない。
これはラティスやバスティールなど、部下を持つ者全てに言えるのだが
部下と一言に言っても色々な人間の集団であるため
中には身分不相応の野心を持つ者や、自分に対して欲情を抱く者
高慢さゆえに命令に従う事ができない者など、様々な者がいる。
部下が人間である以上、それは仕方がないことではあるのだが。
だが、サーシャの部下は魔方陣都市――魔法使いの聖地とまで謳われた
場所にいることを許される魔道士なのである。
憧れや敬意を持つ者もいるだろうが
それよりは余計な欲望を抱えた者の方がずっと多いだろう。
ましてサーシャの外見や言動には、威厳などというものは微塵もない。
ただでさえ自尊心が強い者が多い魔道士にしてみれば
これ以上ないくらい不快感漂う相手はいないだろう。

――話が少々逸れたが
つまり、彼女はそんな環境内にいても平気でいられるくらいに
図太い神経をしているから、こんなことで動じるわけもないわけで。
そして、そんな彼女がヴィルベルヴィントがどんな精神状態にあるかなど
気にすることもないわけで。
――従って、彼女がこんなことを言うのも、特に深い理由はないわけで。

「でも、不思議とヴィルベルヴィントに合っているよね。今の雰囲気」

当然というか何と言うか
ますます深淵に追い込まれたヴィルベルヴィント。
もはや彼に未来はない。

「それはともかく…そろそろ行動を起こさないと…まずいやもしれぬぞ」

「?」

呟くデューンの視線の先には、白に紛れて見える、勢いよく揺れる木々。
――吹雪が、迫っていた。

「…デューン君」

「…うむ」

「……杉の木、諦めよう」

「……」

底冷えのする目で、サーシャを無言でじっと見つめるデューン。
さしもの魔導王もこれは辛いらしく、慌てて言い訳を始めた。

「だって〜。ただでさえ寒いのに吹雪まで来て
 それなのに杉の木持ってくるなんて、サーシャやだもん」

非常に身勝手な言い訳ではあるが。

「お前が…嫌かどうか…そんなことは…問題ではない…」

「そ、そう?」

「そうだ…問題は…」

――そこで言葉を切り、ふと灰色に染まった冬の空を見上げる。
まるで、何か遠い遠い昔の出来事を思い出すかのように。
どこか寂しげな雰囲気を漂わせながら、彼は呟いた。

「我が…楽しめるかどうかなのだ……」

「……」

過去に何があったのかは知らないが
この男、相当辛い人生を送ってきたようである。
それとも単に身勝手なだけか。

「クリスマスといえば…杉の木だと言ったのは…お前だろう…。
 そこまで言うからには…それは…最低限必要不可欠な…要素…」

「いや、なきゃないでもできるんだけど」

「それは…そう…この国における…皇帝と…同じだ…。
 いて当然だが…いざいなくなると…途端に…混乱が巻き起こり…
 そして…後の座を巡って…血で血を洗う抗争が起きる…。
 やがては…新しき主も…現れようが…
 血の上に立つ限り…名を手にしても…血を求める…」

たかだか飾りの木一本がないだけでで混乱がおきて
代わりのツリーを置こうとするだけで血で血を洗うような抗争が起きて
決まったら決まったで森林伐採問題にまで発展するような国があったら
それはもう色々な意味で危険だろう。

「そ、そこまですごい物じゃないんだけど…」

「……?」

「えっと、ツリーって言うのはただの飾りで
 なかったら寂しいからあったほうが嬉しいけど
 無理してまで置く必要は…」

「しかし…先ほどお前は…
 クリスマスと言ったら…クリスマスツリーだ…と…」

「んー。まあ、一種の風物詩だからね〜」

「ならば…やはり…あったほうがいいだろう…。
 そもそも…既に誓約をしてしまった…
 途中で…投げ出すことなど…できんぞ…」

「んー。まあ、それはそうなんだけどさぁ…」

「大体…自分が言いだしたのだろう…」

「んー。それは分かってるんだけどさ〜」

「……今日は暑いな…」

「んー。確かにそうだけどさー」

「…我の話…聞いているのか…?」

「んー。実はよく聞いてないんだけどさー」

「そうか…」

サーシャの返答を聞くや否や、即座にレイ・ガンの構えを取るデューン。
彼の目標(サーシャ)のすぐ後ろにはヴィルベルヴィントがいたり
そもそもここは城内でしかも人がたくさんいたりするのだが
そんな事は一切お構いなく、レイ・ガン発動の準備を始めた。

「わぁぁぁ!!デューン君!冗談!!冗談だから!!」

「ほう……随分と…リアリティーのある…冗談だったな…!」

レイ・ガンの構えを解かないまま
サーシャの襟首をがっくんがっくんとリズミカルに揺らすデューン。
傍から見たら、それは立派な拷問もしくは脅迫シーンである。
しかし彼等にとって幸運なことに
入り口にはヴィルベルヴィント。
彼のおかげで近づく者は皆無。これなら家政婦に見られる心配はない。
(ネタ分かる人だけ笑ってやってください)
まあ、現在のサーシャにとってその環境は
不幸以外の何物ではないのだが。

「デューン君…ぐ、ぐるじい…」

「大丈夫…痛いのは…初めだけだ…」

「ぞれ、どっぢの意味にどっだっで危ないがら!!」
(訳.それ、どっちの意味に取ったって危ないから!!)

「ああ…?コラ…スカしてんじゃねぇぞ…おお…?」

「ぐぢょうがわっでるびょぉぉぉぉ!!」
(訳.口調変わってるよぉ!)

「ふふふ…永遠の…暗い…死の床で…もう…お休み…」

「デューンぐん、何が、何がどりづいでる!」
(訳.デューン君、何か、何か憑りついてる!)



――数分後――



「えほ…けほ……あー、サーシャ、今度こそ死ぬかと思った」

「……」

「ってちょっと、デューン君どこ行くの?」

突然出口に向かって歩き出したデューンを、慌てて呼び止める。
デューンは歩みを止めないまま質問に答えた。

「仕方がないから…我が…探してくる…」

「あ、いいの?」

「……」

しばしの躊躇いの後、こくりと頷くデューン。

「ありがとー!……あ〜、でもさ、デューン君」

「?」

「杉の木ってどんな物か分かる?」

「…分からん」

ずどべしゃ

「…何故突然転ぶ?」

「何となく…」

「そうなのか…」

「ま、それはいいとして、デューン君。杉の木ってのは……」

そこで、動きが止まる。
…杉の木ってそもそもどんな物なんだろう。
いざ説明しようとして、案外自分にもデューンと大した知識の差はない
ということに気がついた。
本来ならここで詫びを入れたり誤魔化したり知ったかぶりを
したりするのが普通なのだろうが、ここにいるのは魔導王サーシャ。
彼女は何を考えたのか、ならば自分が知っている限りの
中途半端な知識を教えるだけでいいや、などと考え
それを実行に移したした。

「つまりは、木!」

シンプルイズザベスト。
ここまで底が浅いと逆に何か深い意味でもあるのではないかと
勘ぐりたくなってくる。
っていうか説明になっていないぞサーシャさん。

「…き……?」

「そう!木!」

「き…き……おお…そうか…分かったぞ…」

何やら嬉しそう――かどうか微妙だが――な声を上げるデューン。

「…それでは…早速…行って来る…!」

「いってらっしゃ〜い!あ、大きいやつよろしく!」

「任せろ…」

――この時、サーシャは二つの致命傷に気付いていなかった。
まず一つは、サーシャの言う「木」とデューンの言う「き」は
全く別の物――つまり、デューンがサーシャの意を
しっかりと汲み取っていなかったこと。
そしてもう一つ、彼が行った方向が帝国城の門ではなく
帝国城の奥――玉座の間に通じる道へ行ったことに。










やがて、夜になり帝国城では華やかなパーティーが始まった。
豪華な飾り付けに、最高級の料理。
城にこもる邪気や瘴気を振り払うかのように
人は飲み、謳い、騒ぎ、笑った――。
ただ、一箇所を除いて。

「「……」」

帝国城 玉座の間――。
唯一この空間だけはいつもと変わらず…
いやむしろ、城中にある邪気や瘴気などがここに集ったかのごとく
とんでもなく重い空気が、部屋を支配していた。

「あ〜…まず、聞きたいことがある」

「…なんだ?」

バスティールが憮然とした表情で――部屋が暗闇なので分からないが――
ヴィルベルヴィントがいると思わしき方向を見る。

「…この暗闇の案を出したのは誰だ?」

「……3人で考えて決めてみた」

嘘は言っていない。
ただ、最初の発言者とかリーダー的な役割をしていた人物とか
その案にOKを出した人物の名前を言っていないだけで。

「……そうか…」

「で、でもさー、これはこれでいいんじゃないかな…?」

「……本気でそう思うのか…?」

返答は無い。
それを否定の意と取って、溜息。

「…これが…クリスマス……なるほど…
 如何なる所にも…忍び込める…男が来るという…儀式だけはある…」

大したプレッシャーを受けていないのか
いつもと変わらない声でデューン。
いや、受けているのかもしれないが、少なくとも声に変化はない。

「さあ、皆さん。ちょっと暗いから不便だとは思いますけど
 サーシャさんの言うとおり、これはこれで楽しいじゃありませんか。
 さ、折角の料理が冷めちゃいますよ!」

何とか場を取り繕おうと――全然役に立っていないが――
声を張り上げるベイオネット。
ちなみに、その近くにペインはいない。

「……そ、そうだお前等!このままじゃ冷めちまうぞ!!」

「…闇鍋が…か?」

――そう。
調理場のコックが自身ありげに持ってきたのは
ヴィルベルヴィントが見た高級食材と――菓子類数点
ゲテモノ系素材数点、そもそも食べ物でない物数点
そして、妙に大きい漆黒の土鍋。
最初は全員、何かの間違いだと思った。
帝国城内にいる貴族だか兵隊長だかメイド長だかが
悪乗りして闇鍋の決行を思いついて注文したのを
うっかり間違って――下手をしたら厳罰ものではあるが――
偶然、真っ暗闇になっていた玉座の間に持ってきただけなのだろう、と。
皆が皆、無理にでもそう思い込もうとしていた。
既にその時、ラティス達の「飾りつけ」と
デューンの「クリスマスツリー」の二連攻撃の直後に現れた闇鍋。
そりゃ百戦錬磨にして海千山千の幹部だって、そう思いたくもなる。
しかし、その逃避行動はコックのたった一言によって阻まれた。
「ヴィルベルヴィント様、闇鍋をお持ちしましたー♪」
瞬間、ほぼ全員の視界が――物理的にも比喩的にも――黒く染まったのは
言うまでもあるまい。

「そもそも、部屋が暗闇かどうかなんて関係ねぇ!
 皆、楽しく…その…行こうじゃないかと思うんだが…どうだろう」

段々尻すぼみになってくる声に、ベイオネットは眉を顰めた。

「ヴィル、どうしたの?皆さんも…。
 さっきから、妙に緊張しちゃって」

「…恐らくは……」

デューンが、ある一点を指差す。

「あれが…原因かと」

玉座の間の奥、そこに控えるは――天の鬼機神エクリプス。
元々、圧倒的な存在感と威圧感とサイズを誇る彼(彼女?)が
この玉座の間にいるだけでも十分なプレッシャーになるのに
今のエクリプスには――何というか、所狭しと飾りがつけられていた。
それも、赤いふわもこ靴下や、雪をイメージした綿、可愛らしい人形など
その雰囲気に全くそぐわないものばかり。
もはや言うまでもないとは思うが、これこそが
デューンの持ってきた「クリスマスツリー」こと「き」だった。
より正確に言うのならば「鬼」だが。

「まあ、どうして?」

「…その…すっごい違和感と威圧感があって…」

「あら、そうなんですか…」

ふい、と後ろに佇む――なぜかどこか悲しげな――エクリプスを顧みる。
それをベイオネットはじっと見つめ、

「私もそう思って、飾り付けを手伝ったんですが…」

むしろ違和感と威圧感が8割増ししていることに、彼女は気付いていない。

「仕方が…ありません……。
 エクリプスの…威圧感は…飾り付け程度では…
 収まらないでしょうから…」

「折角飾り付けをしたのに…残念です。ねぇ、ペイン?」

ラティスの背後で、何かが首を振ったような気配。
額に冷や汗を浮かべ、いつでも回避行動が取れるように構えつつ
ラティスが言った。

「…ご苦労様です」

「まあ、それはいいとして…そろそろ始めませんか?
 ペインもお腹が減っているみたいですし」

「「……」」

真っ暗闇の部屋の中。
潜むは鬼喰いが一人、帝国皇子ペイン。
つまりは自分達よりも遥かに上の位。
場所は帝国・玉座の間。
このパーティーの為に、いつもは控えている兵士達もいない。
ついでに帝国場内に住む人間の殆どがいるパーティー会場は入り口付近。
帝国城の中でもかなり奥まった所にいる。
自分達の叫び声が聞こえるはずも無い。
この状況だけでも十分に危険だというのに
それに加えてペインは空腹だと言う。

「「……」」

全員の頭の中に、警報が鳴り響く。
エマージェンシー、エマージェンシー。
危険度S。危険度S。
危険生物が城内に潜んでいます。すぐさま撤退を。
エマージェンシ、エマージェンシ−……。
言わずもかな、彼等に一つとして退路はない。
ならば、出来る限り被害を減らすような行動を取らなければなるまい。

「「陛下、すぐに始めましょう」」

デューンを除いた全員が、異口同音に言った。
今すぐにでも、ペインの空腹を――自分達以外のもので――満たすために。






――こんなに騒がしいのは何世紀ぶりだろうか。
先ほどとはうってかわって喧騒のど真ん中となった玉座の間で
黒マントの男――デューンは思った。
ヴィルベルヴィントが闇鍋の具の残りを半ばヤケ気味に食べているのも
サーシャが先ほどから笑い続けているのも
シャルタがぶすっとしながら酒を飲み続けているのも
ラティスが自分に絡んでくるのも(聞き流しているので内容は不明)
ベイオネットがバスティールに絡んで、何やら凄いことになっているのも
そしてペインが自分の裾を掴んで、その現実から目を逸らそうとするのも
――人によっては修羅場とか生き地獄とか表現しそうな状況ではあるが
どちらかと言えば、静寂よりは騒乱を好むデューンにとって
今の状況は嬉しくもあり、同時にどこか懐かしくもあった。

「(本当に、何世紀ぶりかな…こんな騒がしいのは)」

フードに隠れた顔が、笑みの形を作る。

「(いつか皆で宴会をやった時も、こんな風に騒がしかったっけ)」

たしか千年ほど前にも、宴会をやって
こんな風に大騒ぎになったような気がする。
確かあの時は、カティが酔っ払ってミューオンはダウンしちゃって
そして…

「……」

そこでもう一人。
かつての大切な人を思い出す。
たった一人の家族。そしてデューンが絶対的な信頼を置いていた相手。
しかし、全ては過去のこと。
今は最早、単なる――いや、何においても憎むべき敵である。
いつの間にか、あれを殺すことが彼の生きる意味となっていた。
無論、彼とて馬鹿でもなければお人よしでもない。
自分が闇の女神のシナリオ通りに動いていることも
姉が――これは予測に過ぎないが――闇の女神に唆されたことも
そして、姉を殺したその瞬間「自分」は終わってしまう
――そうでなくとも、終わることになってしまうであろうことも。
全て、知っていた。
知った上で、デューンは姉を殺す道を選んだ。
それほどまでに彼の憎しみは深く、傷は重かった。
――あの瞬間、自分の運命を闇の女神はアルテア自身の手に委ねた。
闇の女神は強制干渉などをせず、アルテアに最終決定権を持たせた。
そしてアルテアは、委ねられた自分の運命を捨てた。斬り捨てた。
まるで不要のゴミを屑篭に捨てるかののように。
野党を斬り捨てるかのように。あっさりと。微塵の容赦もなく。
信頼を置いていた相手の、一瞬の躊躇もない突然の拒絶。
それは彼にとっては裏切りに他ならない。
それだけは――何にも増して許せなかった。
せめて、寸前に攻撃を止めて――いや、一瞬でも躊躇をしてくれれば
あるいは今の自分はここではなくサランスレスにあったかも知れない。
そんな、在り得ないことを心の隅で、思う。

「……」

ふと、視線を感じて振り向く。

「……シャルタ…」

「うん?」

振り向いたシャルタに、デューンは目線で合図する。
その方向を見ると――雰囲気の変わった、ベイオネット。
いや、それはベイオネットなどではなく――

「…お呼びだ……」

「…分かってる」

しつこく絡むラティスを適当にあしらって
二人は「彼女」の元へと歩んだ。


「(…知っていたんだね。あなたは、僕が全てに気づくことを。
 だから、あなたは最後のあの瞬間、姉さんの手に全てを委ねた。
 僕を絶望させる為、そして姉さんを殺すよう仕向けさせる為に)」

怒りは、ない。
そして今の彼は踊らされることに、興味はない。
踊ることを求めるなら、舞台がなくなるその日まで踊るまでだ。 だが――

「(最後の最後で、僕はあなたを裏切る。
 お前の望みどおり、この世界をめちゃくちゃにしてやるよ。
 …それこそ、ウロボロスの如く、自らを喰らいつくすまで。
 お前もろとも、全てを喰らいつくしてやる!)」

あるいはそれすら闇の女神の予測の範疇内にあるのかもしれないし
もしかしたら既に対策を立てているのかもしれない。
けれど、自分がいなくなった後の世界など彼には興味のないことだ。
自分のやる事は世界を滅ぼすのが目的ではなく
今まで散々好き放題にやってくれた闇の女神に復讐するのが目的なのだから。
自分がいなくなった後、世界が滅びようが闇に支配されようが
知ったことではない。

「…参上…しました…」

そんな考えを読み取られないよう、いつもと変わらぬ調子で告げる。
彼女――闇の女神は、にっこりと愛おしむように笑った。

「何か御用ですか?」

公共の場であるため、デューンもシャルタも小声だった。
ヴィルベルヴィントを含めた幹部のいくらかは
女神の存在を感づいているのだろうが
念を押しておくことにデメリットはない。
闇の女神は、やはり笑うと、口を開いた。

「ヴぁいでふふぁ、ひゅーむ、ひっく、ふひゃふふぁ」

全く意味のない言葉が出てきたけれど。
当然ながら、二人はどう反応したものやら困った。
困って、お互いがお互いの顔を見た。

「ひゃひをふぉふぉみしふぇるんへ、ひっく、す、ひっく…」

全くわけが分からない。
ひょっとしたら何かの暗号なのだろうかとも思ったが
据わっている目、真っ赤な顔ににやけている口元。
そして手やら足やらがフラフラ揺れていて、声も妙に大きいことを考えれば
どちらかと言えば、酔っ払っていると考えたほうが自然である。

「(…女神も酔っ払うのか……)」

「ふひゃふひゃふふふひゃ」

「(しかも笑い上戸だ……)」

無論、そんなことはない。
酔っ払っているのは肉体、即ちベイオネットである。
精神(闇の女神)はいつもと変わらず、正常である。
しかし、どんなに精神が正常でも、外観――例えば舌や足、顔や目――が
異常であれば、それは外から見れば全体の異常と映ってしまう。
具体的に言えば、いつも通り真面目に会話をしようと闇の女神が思っても
身体の方が泥酔状態にあり、舌も上手く働かないのでは
まともな会話ができるはずがない。
事実、先ほどの会話も、最後は笑い声みたいになっている。

「……あの…」

「ふぁふぁ、ひふぃへぇんっふぇふぉうひひぇふぉう……うぷっ!」

ある気配を感じ、バッと、3メートル位を一瞬の跳躍で移動する二人。
そして、近場にあった袋を持ち、再び跳躍して口に当てる。
その一連の行動は、闇の女神が「うぷっ!」と言い終わる頃には
既に全て完了していた。

「(その上酒に弱いのか…ひょっとしていつも出てきていない時は
  どっかの酒場で飲んでるんじゃないか?)」

そんな失礼なことを思っているとはつゆ知らず
かなり危険な状況にある闇の女神。
吐きたい。いや駄目だ、神の沽券に関わる。けれどこのままじゃ。
二人の目の前で?きっと二人もやったことくらい。鬼食いと魔族が?
それでも吐きたい!駄目!プライドなんか犬に食わせちまえ。
そういう問題じゃ。もういい、吐く!

――中絶問題で喧嘩しているバカップルのような論争を
  頭の中で繰り広げた後――闇の女神は全てを捨てた。



「…帰ったわね」
「…そうだな…」

安らかな寝顔のベイオネットを見ながら呟く。
恐らくは居た堪れなくなって帰ったのであろうが
「女神は酔っ払っている」を大前提としてしまった彼等の中では
一体どんな答えが紡ぎだされているのだろうか――。

「……」

ともかく、このまま放って置くわけにもいくまい。
せめて寝室に運んでやらねばと、ベイオネットを持ち上げるデューン。
その裾を、シャルタが引っ張る。

「…何だ……?」

「…あれ」

振り返ると、後ろにはサーシャを除いた全員が机に突っ伏していた。

「……」

「事後処理よろしく。それじゃあお休み」

つまりあいつらも寝室に運べということか。
いや、そうに違いない。
そうでなければ、言い終わった直後に
まるで逃げるように退室することに説明がつかない。

「……」

デューンは天を仰ぎ、続いて溜息をつき――
おもむろに、ポツンと寂しそうに建っているエクリプスを見上げる。

「…帰って……いいと思うぞ……」

言ってみるが、帰る気配はない。
サーシャの笑い声をBGMに、しばしの時が過ぎた後
恐る恐るデューンが尋ねた。

「…まさか……それを…全て…外せと…言うのか…?」

体中に――元の形が分からないくらいに――つけられた飾りを
指差しながら聞くと、僅かながら、エクリプスはこくりと頷いた。
ちなみに、この飾りをつけるのに3人がかりでおよそ5時間かかった。
つけるよりは外す作業の方が簡単とはいえ
一人でやるとなるとなると、とても5時間では済むまい。

「……」

そして時刻は深夜。
当然、皆眠っているだろうから助けを求めることは不可能。
召喚するにせよ、一度に制御できるのは一体が精一杯で
そもそも鬼喰いの力が封じられている今、召喚なんてできるはずもない。
つまり、全て自分がやるしかない。
――四面楚歌の構図がここにあった。

「……」

再び、天を仰ぐ。
一瞬でも、現実から目を逸らそうとするかのように。









「クリスマス…か……」

全ての後片付け――具体的に言えば机や椅子、鍋などの片付け
眠りこけている連中の部屋への運搬、そしてエクリプスにつけられた
飾り外し――を終えた頃には、窓から光が差し込んでいた。
とはいえ、昨日は随分と盛り上がったから後しばらくは誰も起きないだろう。

「疲れた…な…」

呟くが、やはりどこか嬉しそうだった。
フードに隠れた顔から表情を読み取ることはできないが――
あるいは、笑っているのかもしれない。

「……」

彼は瞳を窓の外に広がる一面の銀世界に向けた。

「(雪…か。雪ってこんなに綺麗だったかな)」

それより、最後に「綺麗」と感じたのはいつだっただろうか。
今まで先に待つ暗い出来事にばかり目を向けていたせいか
こんなに近くにある綺麗なものに気付かなかった。
いや、あるいは目を逸らしていたのかもしれない。
最後の最後に世界を終わらせる自分が
その世界にあるものを「綺麗」などと思うわけにはいかない、と。

「……」

ふう、と溜息。
あとしばらくすれば、サランスレス侵攻計画――終末への序曲が始まる。
あと一息で、全てがこの世から消し去られる。
そのはずだった。
だが――

「(本当に…それしか、道はないのかな)」

我ながら甘くなったと思う。
何にも増して憎い敵であるはずのアルテア――自分の姉を――
助ける道はないのかと、探している自分がどこかにいるのだから。
これが6千年前だったら、躊躇なく姉を殺していただろうに。
――あるいは、自分も変わっているのかもしれない。
姉やカティ達、そしてこの星そのものとの触れ合いが
6千年前と比べて――自分を甘くさせたのかもしれない。

「(まあ…いいか)」

それはそれでいいのだろう。
甘いことも含めて、今の自分があるのだから。

「さて……」

サンタクロースを見学に行くか。
デューンは独りごちると、音も無く立ち上がり
どこへともなく消えて行った。












「……」

「ねえねえ!デューン君!!」

「……何だ」

心なしか不機嫌そうなデューンに構うことなく、サーシャが続ける。

「ねえねえ!これなんだか分かる!?」

言いながら、リボンでラッピングされた可愛らしい箱を掲げる。
デューンはしばしそれをじっと見つめ、

「…箱」

「いやそれは見れば分かるから」

「…リボン?」

「注目点が違うよデューン君」

「…分からん」

そっぽを向こうとしたデューンの正面に回りこみ
そのまま箱を顔に押し付けて、興奮した面持ちで言った。

「これはね、なんとなんと!プレゼントなんだよ!!」

「…で?」

「でね、誰もこんなもの知らないって言うの!」

「…だろうな…我も…知らぬ…」

「そう!つまり、来たんだよ!」

「『サンタクロース』が…か…?」

「そうそう!
 …あれ?デューン君、杉の木のこと知らないくせに
 サンタさんのことは知ってるの?」

フッと、嘲笑気味な笑い声が聞こえ、

「ああ…本人から…聞いた……」

「へ〜……って…ほ、本人!?
 それってつまり…サンタクロース!!?」

「……」

沈黙を肯定と受け取り、サーシャが更に興奮した
――目が血走っている――面持ちで、デューンに詰め寄る。
再び拷問もしくは脅迫まがいが始まろうとしたまさにその時
帝国城中に大絶叫が響いた。

「だれだああああああああああああ!!
 こんなもの送りつけてきたやつはああああああああああっ!!!!」


…………


「……今の…」

「ラティス…だな……」

「……何があったんだろ」

「(…やっぱり、あちらのラティスにはろくなものを送らなかったか)」

心の中で呟く。
ラティスでこれなのだから
バスティールにはもっとすごい物が送られていることだろう。
そこでふと思う。

「…そう言えば…その箱の…中身は…何だ……?」

「え?ああ、そういえばなんだろ」

期待と不安に満ちた表情で箱を開ける。
と、開けた途端、サーシャがぽかんとした表情を浮かべた。

「…あ〜……?何これ〜?」

「『サルでもわかる魔法入門』…とあるな……」

「サーシャ、もう魔導王だよ?こんなのいらないよ〜」

ブーブー言うサーシャに――珍しいことだが――デューンは苦笑を浮かべた。

「『初心忘れるべからず』…ということだろう…」

「ぶ〜……あ、そう言えばデューン君は何貰ったの?」

「……」

デューンはその質問に答えず、サーシャから目を逸らした。
サーシャはデューンの態度に疑問を持ちつつも、再び尋ねる。

「ねえ、何?」

「………何も……」

「へ?」

「何も…貰っていない…」

「そ、そうなんだ…」

実際には貰っているのだが、あれを他人に見せるのには
――少し、いやかなり抵抗がある。

「(…今の僕があんな女物の服を着ているところを見せたらどうなるか……
  わかっててやってるの?)」

『サンタクロース』に、少し恨めしげな言葉を吐くデューン。

「……」

「…ん……?」

ふと側を見ると、そこにはペインが立っていた。
両手でしっかりとサーシャや自分に送られたものとそっくりな形状の
箱を抱えている。
どうやら、彼の元にも『サンタクロース』はプレゼントを運んだようだ。
中々律儀なサンタクロースである。

「……」

「…開けて……ほしいのか…?」

問いかけに、こくりと頷く。
デューンは黙ったまま、包装を丁寧に外していった。

「…ん?あ〜!ペイン君も貰ったんだ!」

「……」

「ねえねえ、何貰ったの?」

黙って箱の中身にあったものを突き出す。

「え〜と…『アークトゥルスの道徳論』?」

「……」

ペインは無表情のままこくりと頷いた。
どうやらこれが何なのか理解していないらしい。
間違えたのか嫌味のつもりなのかは知らないが
中々に侮れない『サンタクロース』である。

「変なのばっか。今年は変なサンタさんが来たね〜」

「お前が…言うな…」

どこか呆れたようにデューン。
サーシャは笑みを浮かべ、「サルでもわかる魔法入門」を読み始めた。
それから少しの時間が経った後、唐突にデューンが尋ねる。

「…サーシャ」

「…ん?何?」

「…お前は……『滅び』を…見たのだな…?」

「あ〜…そういえばそんなことあったね」

それには何も返さず、デューンは続ける。

「…この世界……」

「うん」

「この世界が…滅びるのは…嫌か…?」

「うん。絶対に嫌。サーシャ、この世界大好きだもん」

「……」

やはり答えず――視線を窓の外に向ける。
――白銀が、陽光を浴びてキラキラと輝いていた。













全てが終わった後
『サンタクロース』にお返しとして化粧用具を送ってやった。








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